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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)56号 判決

原告 石井守雄

被告 株式会社小松川製作所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三五年審判第一一五号事件について昭和三七年三月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするる。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は登録第五〇二五〇五号実用新案「電纜架設用受金具」の権利者であるところ、被告は昭和三五年三月七日原告を相手方として特許庁に対し、別紙(イ)号図面及び説明書に示す電纜架設用受金具は登録第五〇二五〇五号実用新案の権別範囲に属しない旨の権利範囲確認の審判を請求し(昭和三五年審判第一一五号事件)、特許庁は昭和三七年三月二七日右請求のとおりの審決をし、その審決書の謄本は同年四月一八日原告に送達された。

二(一)  本件登録実用新案の金具(以下本件金具という)は、「両側端縁を下方に屈曲した上面鈑と断面U字形の先細の下面鈑の両側端縁とを重ね合せて熔着してなる中空腕杆を形成し、その腕杆の後端部に下方末拡りの溝を介して左右に羽出した取付部を設けたもの」であつて、本件考案の要旨とするところは、電纜を受け支える腕杆の構造に関するもので、腕杆後端の取付部に関する構造は腕杆の取扱いに際しての便宜を考慮した附属的なものである。すなわち、本件実用新案は腕杆の構造をもつてその要旨となすと共に、その取付部について附属的構造を具えるものである。

(二)  (イ)号図面及び説明書に示す電纜架設用受金具(以下(イ)号金具という)は、「断面をV字形とし且其の幅員を根部から先端に向つて次第に狭小になる様夫れ自身の下部に上向の傾斜を持たせた腕杆(1)の上部に受板(2)を架載鎔接したことを特徴とし、更に其の根部に於て頭部(3)を有し且、断面円形をなすピン(4)を鎔接してなるもの」である。

三  審決は、「(イ)号図面及びその説明書に記載されたものは両側端縁を下方に屈曲した受板(2)と断面V字形の下面板の両側端縁を重合鎔着して中空の腕杆(1)を形成すると共に該腕杆(2)の後端部に頭部(3)を有する断面円形のピン(4)を鎔着した電纜架設用受金具である」と認定した上、本件金具と(イ)号金具とを比較し、「両者は両側端縁を下方に屈曲した上面板と断面彎曲した下面板の両側端縁を重合鎔着して中空の腕杆を形成した点では一致するが、該腕杆の後端部に取付けた支柱に取付ける取付部の構造に於いて全く相違する。即ち前者は特に下方に至るに従い拡大する溝(5)(5′)と左右に突出した挿込部(b)(b′)とを形成して、支柱に穿設された狭小孔(7)に連続する角孔(8)に挿入下降させる際、該挿込部(b)(b′)の下端部が狭小孔(7)の上端左右の肩部に突当ることを避け其の挿入操作が容易となるようにしたものであり、又その構造からして、挿込部(b)(b′)を支柱に設けた角孔(8)に挿込んでからこれと連続する狭小孔(7)に引下げるものであるから腕杆(a)は狭小孔(7)に殆ど固定され殆ど左右に動くことがないものと認められる。これに対し後者の取付部は腕杆の根部に頭部(3)を有する断面円形のピン(4)を一体として鎔接したもので、このピンの頭部(3)と腕杆の根部との間隙は略一様である。そして丸ピン(4)の部分を支柱の溝孔(6)の細長部分の弧状の底部に狭持させるので、腕杆は電纜による荷重の偏倚に応じて、この部分を軸として廻動しうることになる。以上の如く両者はその一部の構造に於て共通する点は(イ)号金具は本件登録実用新案の権利範囲に属するということはできないとした。

四  しかしながら審決は次の理由により違法であり取り消されるべきものである。

(一)  本件金具と(イ)号金具とは構造上同一又は少くとも類似するのである。本件金具と(イ)号金具とを比較すると

(1) 両者は共に電纜受具における電纜架載構造を考案の対象ないしはその目的とする。

(2) 両者は腕杆の構造をもつて考案の要旨ないし特徴とする。

(3) 両者の電纜受具における腕杆は構造上同一性を有する。

(4) 両者は腕杆をもつてその主体となすものである。

(5) 両者は腕杆の取扱いに便する取付具をそれぞれ附設している。

(6) 取付具は考案実施にかかる金具取扱いの便に供する補助である。例えば、刀剣の柄に類するものである。

かように両者は、考案目的も、その特徴とする構造も同一性を有する。

(二)  旧実用新案法の下において実用新案の類否ないしは権利範囲に属するか否かの判断は全体観察においてなさるべきものである。すなわち、その判断の基準を構造の一部のみに限局することなく、広くその物品の形状、構造又は組合せに関する外形的考案が同一であるか否かに置きこれを考察判断すべきものである。ところで、ある実用新案がA部とB部との結合した考案である場合、その実用新案権の権利範囲の重点は、特段の事情のない限りその結合した考案の全体にあるものと解すべく、しかも考案の実用性は考案にかかる物品の用法に従い判断せらるべきである。そうすると、右実用新案のA部とC部からなる(イ)号製品が右実用新案の権利範囲に属するか否かを判断する場合、やはりA部及びC部の結合からなる全体について、しかもその製品の用法についての類否の判断に重点を置くべきである。しかるに本件の場合、両者はA部を同一形状の腕杆となし、取付部であるB、C部を嵌込型となすものであるから、その全体観察において同一性の考案であるといわなければならない。従つて審決が、両者は一部においては一致するが、他の部分において相違するから全体構造において相違するとする点は、全く上記判断の法則に違背するものである。もつとも、B部とC部は共に嵌込型であるとはいえ、その形状上差異の存することは認められるが、上記総合考案についての全体観察においては、右の程度の差異は単なる設計上の差異に過ぎないものと解するのが至当である。まして、(イ)号金具は腕杆(1)の上部に受板(2)を架載鎔接したことを特徴とするものであつて、本件金具と(イ)号金具とはその部分において一致すること審決説示のとおりである以上、取付部の如き附属部分の設計上の微差にかかわらず、その全体構造においては両者は同一性を有するものと判断すべきは事理の当然である。特徴外の附属部分において相違点があるからといつて、両者は全体構造において相違するとなすが如きは、実用新案の類否ないしは権利範囲属否の判断の法則を無視ないしは誤解するものというほかはない。また、考案の実用性についてみても、本件実用新案は腕杆を上記の形状として電纜の架載に便すると共に取付部を嵌込型として、従来の取付部のボルト等による緊締型のものに伴う不便を除き施工を簡易化するにあるのに対し、(イ)号製品についてもその実用性において本件実用新案のそれ以上の何ものでもなく、審決が判示する腕杆の廻動の如きは、後述のとおり洞道における電纜架設上あり得ないことであるし、又(イ)号製品がその取付部の構造のために特段の効果があるわけでもないから、両者は実用上も同一性を有するものといわなければならない。

なお、審決の判示は、両者に共通点がある場合に、その共通点にかかわらず両者の相違点のために両者全体の相違性が失われないことについてなんら理由を示すものでない。

すなわち、両者がその形状、構造又は組合せにおいて同一又は類似のものであるか否かを判断するに足る具体的事実を説示したものといい難く、理由不備の違法がある。

(三)  審決は本件金具と(イ)号金具との効果上の差異について判示しているが、旧実用新案法における実用新案権は物品の形状、構造又は組合せに関する新規の型を保護する権利であつて、特許権の如く工業的効果を生ぜしめることを目的とするものではないから、考案の効果の如何は、実用新案の類否ないしは権利範囲属否の判断にこれを標準とすべき筋合のものではない。単に物品の形状、構造又は組合せに関する外形的考案の如何によつてのみ判断すべきものである。本件金具と(イ)号金具との間に効果の差異があつても、これをもつて上記判断の標準とすることは、判断の法則を無視ないしは誤解したものというほかはない。まして、(イ)号金具の特徴外の附属的な、設計上の微差と認めるべき部分の構造に伴う関係においては尚更のことである。

(四)  (イ)号金具は、前記のとおりのものであるにかかわらず、審決はその実体を審究することなく、ただ漠然と前記のとおり認定し、その特徴を無視して、本件金具の構造表示に強いて類似の表現をしたにとどまり、(イ)号図面及びその説明書についてその構造の如何なるものであるかを判断していない。すなわち、(イ)号金具の構造について審理不尽であつて、説示にかかる金具は単なる仮想のものに過ぎない。

(五)  (イ)号金具はその取付部の構造のために特段の効果を発揮するものではない。審決は、腕杆の電纜による荷重の偏倚に応じてピンの軸を軸として廻動し得る旨説示するが、これは仮想も甚だしい非実際的なものである。審決説示のように腕杆が廻動すれば、腕杆の構造上必然に電纜は滑り落ちてしまう。これは極度に嫌忌される効果である。かかる効果までも特段の効果といい得るであろうか。竜頭形のピンだけで引懸つている細長い腕杆は、架載電纜の荷重が偏倚しても決して廻動はしない。それは物理的にあり得ない。まして、本件金具と同様に(イ)号金具においても上面は台弧形であるにおいては尚更のことである。すなわち、審決がかように、有り得ない効果を仮設して強いて両者の差異を説示するのは甚だしい事実誤認というほかはない。取付部を竜頭形のピンとすることによる効果は、荷重偏倚に応ずる傾斜ではなくして、腕杆取付の際における差込の角度の随意性のみにある。しかして、かかる効果は本件金具の取付部の構造によるものと僅な難易の差に過ぎないから、これをもつて(イ)号金具と本件金具とを差異づけるには値しない。

(六)  本件金具も(イ)号金具も共に電纜架設用金具であつて、洞道内における電纜の布設に際して、電纜を従前のように何本も束で通さずに、洞道側に鉄柱を立て、その鉄柱の止め孔に嵌挿したこの金具に電纜を載受する受金具である。風雪等によつて動揺することはあり得ない。また、腕杆上に電纜が載せられれば、腕杆の先において下方に向つて重く荷がかかるので、腕杆は止孔の個所で回転することはあり得ない。被告の所述は空論である。荷重されない腕杆ですらそれ自体の先の重量のために嵌込部においては廻動しにくいのだから、一度何本ものケーブルを内包する重い電纜が載荷されるにおいては、腕杆が廻動する筈があり得ない。そもそも、洞道内電纜架設に際して荷重の異常な場合は、急傾斜架設における始傾斜の第一腕杆について生ずる(負荷の大部分がこの一本にかかる)が、この場合でも、最初からその傾斜角度において腕杆は嵌挿設置されるもので、電纜架載後に廻動させるものでは、ないし、又第二腕杆以下については電纜を単に架載するだけではなく、それぞれ止めをする(但し緩傾斜の場合には腕杆の嵌挿角度を初めから架設傾斜に合せて施行するのであつて、洞道架設においては平架を最も通常とし、他は入局の場合等に立上りが行われるに過ぎない)ものであるから、審決判示の事実は起り得ないし、又有り得ないことである。もつとも、嵌挿部分は丸型でしかも固着してはいないから、微動だもしないとはいえないが、単なる微動をもつて廻動と判示するのは当らない。

(七)  電纜の傾斜架設に際しては、原則としては支柱を傾斜線に直角に設定し、電纜受金具をその支柱に設置してこれに電纜を架載するのであるから、電纜の傾斜架設に際して荷重は腕杆の上面端部に偏倚して鉛被覆を破損することは起り得ない。しかして、階段等における傾斜架設に際しては一般に取付部を特別に設計した特殊平型ケーブル受金物を使用し、かつ止具を使用するもので、被告の所述は事実に反する。

(八)  要するに、(イ)号金具の考案は当然に本件金具の考案範囲に属するものというべきであるにかかわらず、審決は(イ)号金具を審かにせずしてこれを誤認し、審理の法則を誤解してその適用を誤り、事実についても、審理法則についても更に審理を尽すことなく、両者がその機構上同一又は類似するものであるか否かを判断すべく具体的事実を説示することなく、単なる附属的部分の設計変更上の差異に依拠して理由を備えずして全体構造の相違をあえて断定したものである。

(九)  もつとも(イ)号金具が「後端部の下方に至るに従い拡大する」溝を有するものでないことは争わない。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

二  請求原因第一項の事実は認めるが、同第二項の事実及び同第四項の主張は争う。

(一)  本件金具の要旨とする構造を要約すると、次の二点に分けることができる。

(I) 両側端縁(1)を下方に屈曲した上面鈑(2)と断面がU字形の下面鈑(3)の両側端縁(4)を重合熔着して中空の腕杆aを形成せる点

(II) 腕杆aの後端部に下方に至るに従い拡大する溝(5)(5′)と左右に突出した挿込部(b)(b′)とを形成せる点

(二)  これに対して(イ)号金具は

(A) 両側端縁を下方に屈曲した受板(2)と断面V字形の下面板の両側縁を重合熔着して中空の腕杆(1)を形成せる点

(B) 腕杆(1)の後端部に頭部(3)を有する断面円形のピン(4)を熔着した点

の二点に分けられる。

(三)  すなわち、本件金具は(I)(II)の組合せより成るものであつて、腕杆と取付部は、そのいずれを主とし、いずれを従とするものではない。そのいずれの点を考案の必須要素とし、いずれの点を非要素とするものでもなく、二点を組合せた全体が権利の要旨とみるべきであつて、腕杆の構造のみを要旨なりとし、取付部の構造を附属的構造なりとする原告の論旨は不当である。

これに対して(イ)号金具におけるA点は、審決にみられるように、本件金具の(I)点と同一であるが、(B)点は本件金具の(II)点とは全然相違している。従つて、(イ)号金具における(A)(B)二点の結合は、本件金具における(I)(II)二点の結合と全く違つている。これを数式の例をもつて示し、A+B=Cとし、I+II=IIIとすればCとIIIとは全く異るものである。すなわち、再言するならば、本件金具と(イ)号金具とは、その構成部分の一部において共通点があるとしても、全体の構成において相違する。

(四)  原告は(イ)号金具における(B)点をもつて本件金具におけるII点の単なる設計的変更に過ぎないと主張するが、この構造の相違による作用効果は後記のように極めて顕著であつて、これはすなわち根本的な構造の相違に由来するものである。

(五)  旧実用新案法における実用新案にあつては、特許発明のように高度の効果の差異がなくても、物品の形状、構造又は組合せの相違による軽度の効果の差異を生ずる場合は、相互に別個の実用新案である。事実形状、構造又は組合せを異にする場合の作用効果は当然生ずるものであると同時に、作用効果を異にする場合その形状、構造又は組合せにかかる外形的考案に差異を生ずることは理の当然である。この意味において、(イ)号金具は本件金具とはその外形的考案を異にし、権利の牴触関係はあり得ない。従つて、審決の法の解釈適用は極めて妥当である。

(六)  (イ)号金具はその取付部を中心として腕杆が廻動できることは、電纜が風雪等によつて動揺し、腕杆に対する荷重が偏倚する際にその偏倚に応ずることであつて、その結果電纜及び腕杆相互間の摩擦を避けることになり、電纜を損傷させることがない。また、この際重量の電纜が腕杆に載つているため、電纜の動揺によつて腕杆が廻動し、電纜が腕杆から滑り落ちるようなことはあり得ない。原告はこの点について、廻動と回転とを混同しているようであるが、回転はグルグル廻ることであり、廻動は一点を軸として左右又は前後に傾斜することである。すなわち、(イ)号金具の腕杆は常に電纜の動きに従つて一体となつて廻動するものであつて、これによつて前記のような実用上大きな効果を奏するものである。

(七)  階段その他における傾斜ケーブルの架設に当つて、ケーブルがどのような傾斜角をとつて架設されるかを予測して、本件金具をその角度に一致するように最初から傾斜させて固定しながら取付けるなどは、到底不可能なことであり、その予想傾斜角を誤つた場合、当然電纜による荷重が腕杆の上面の端部に偏倚する結果となり、電纜自体が動揺した場合当然鉛被覆部分を破損する結果となる。本件金具及び(イ)号金具は、ケーブルの水平架設においてはその間全然差異を認められないが、傾斜架設に際しては、前者のケーブルによる荷重は固定腕杆の上面端部に偏倚して、鉛被覆を破損することになるが、後者の場合は可動腕杆が荷重の偏倚に応じて適度に廻動し、その全面をもつて平担に荷重を受けることになるから、鉛被覆を破損することは全然ない。

(八)  要するに、本件実用新案と(イ)号金具とはその要旨とする構造を異にするばかりでなく、その作用効果も甚だしく相違するものであつて、明らかに(イ)号金具は本件実用新案の権利範囲に属するものではなく、審決は極めて妥当である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  特許庁における手続に関する請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、審決の要旨に関する同第三項の事実は、被告において明らかに争わずこれを自白したものとみなす。

二  成立に争いのない甲第三号証(本件実用新案公報)の説明書、特にその登録請求の範囲の記載及び図面(別紙)によると、本件登録第五〇二五〇五号実用新案「電纜架設用受具」の考案の要旨は、「図面に示す様に両側端縁1を下方に屈曲した上面鈑2と断面がU字形の下面鈑3の両側端縁4を重合溶着して中空の腕杆aを形成すると共に該腕杆aの後端部に下方に至るに従い拡大する溝5、5′と左右に突出した挿込部b、b′とを形成した電纜架設用受金具の構造。」にあり、その作用効果は、「腕杆aの後端部に下方に至るに従い拡大する溝5、5′と左右に突出した挿込部b、b′とを形成した為第4図示の如く鉄製支柱6に穿設された狭小孔7に連続する角孔8に前記挿込部b、b′を挿入し更に之を該狭小孔7内に下降させる際挿込部b、b′の下端部が狭小孔の上端左右の肩部に突当ることを避けその挿入操作が容易となり且之によつて鉄製支柱6に装着し得ると共に腕杆aの両側端縁1とU字形の下面鈑2の両側端縁4とを下方に屈曲重合して之を溶着したから堅牢にして粗雑に取扱れるも破損の虞れなく且電纜を支柱6上で左右に移動するも腕杆aの両側端縁に引掛ることがないから移動し易い等実用上の効果大である。」ことが認められる。

原告は本件実用新案の要旨は、腕杆部の構造にあり、その取付部は附属的構造に過ぎないと主張するが、前記説明書によると、従来この種の受金具は相当重量の電纜を載製するから堅牢でなければならないためいきおい受金具自体もかなりの重さのものとなり、またこれを所要間隔毎に設置された鉄製支柱に取付ける場合ボルト類で締付けたため、その取付に円滑を欠き甚だ面倒であつたところ、本件実用新案は取付部を前記の構造とすることによつて、その取付の操作を容易にするという前認定の効果を意図することが明らかであるから、その取付部の構造は、腕杆部の構造と共に本案の要部をなすものというべきであり、原告の右の主張は採用し難い。

三  一方成立に争いのない甲第二号証によると、本件権利範囲確認の対象物である(イ)号金具は別紙(イ)号図面及び説明書記載のものであることが認められ、右説明書の前段における「腕杆(1)の上部に受板(2)を架載鎔接したことを特徴とする」の字句が、或いは要部をこの点に限つたかのような誤解を生ぜしめる記載であることは否めないが、説明書の全文ことに後述のように断面円形のピンの構造が従来この種の物に存した欠点を完全に一掃することを強調していること、を図面の記載と総合して考察すると、(イ)号金具は単に腕杆の構造ばかりでなく断面円形のピンすなわち取付部の構造をもその必須の要件としているものであつて、その要旨は審決認定のとおり、両側端縁を下方に屈曲した受板(2)と断面V字形の下面板の両側端縁を重合鎔着して中空の腕杆(1)を形成すると共に、該腕杆(1)の後端部に頭部(3)を有する断面円形のピン(4)を鎔着した電纜架設用受金具であると認めるのを相当とする。

原告は(イ)号金具についても、その取付部は附属的なものに過ぎないと主張するが、前記説明書によると、従来公知の電纜架設用受金具が所要箇所に固定的に取付けられ、回転動揺を許されないため、電纜の架設又は取外しの際鉛管が受板(2)の両隅部に摩擦して破損したり又は抵抗がかかつて引出し困難等となり、時に荷重が極度に一方に偏することによつてその取付箇所より脱落あるいは欠損する欠点があつたところ、(イ)号金具はその取付部を前記の構造とすることによつて、受板(2)は断面円形のピン(4)で支柱における竪長の溝内で自由に回転できるから電纜の傾斜により荷重の偏倚にその都度対応することになり、上記の欠点を一掃することを目的とするものであることが認められるから、(イ)号金具は前段認定のとおりその取付部の構造をもその要部とするものというべきであつて、原告の右主張は採用することができない。

四  そこで本件金具と(イ)号金具とを比較するに、両者は両側端縁を下方に屈曲した上面板と断面彎曲した下面板の両側端縁を重合鎔着して中空の腕杆を形成した点で一致するが、該腕杆の後端部に取付けた支柱に取付ける構造において全く相違し、前者は特に下方に至るに従い拡大する溝5、5′と左右に突出した挿込部b、b′を形成したのに対し、後者の取付部は腕杆の根部に頭部(3)を有する断面円形のピン(4)を一体として鎔接したので、このピンの頭部(3)と腕杆の根部との間隙はほぼ一様であつて、前者の下方に至るに従い拡大する溝を有しない(このことは原告も争わないところである。)その取付部の構造の相違により、前者は支柱に穿設された狭小孔(7)に連続する角孔(8)にその挿込部b、b′を挿入下降させる際、該挿込部b、b′の下端部が狭小孔(7)の上端左右の肩部に突当ることを避けその挿入操作が容易となる効果があるが、挿込部b、b′を支柱に設けた角孔(8)に挿込んでからこれと連続する狭小孔(7)に引下げるものであるから、腕杆aは狭小孔(7)に殆ど固定され、殆ど左右に動くことがないのに対し、後者は前者の前記構造を欠くためその作用効果を有しない反面、丸ピン(4)の部分を支柱の溝孔(6)の細長部分の弧状の底部に狭持されるので、腕杆は電纜による荷重の偏倚に応じて、この部分を軸として廻動しうる作用効果がある。

五  電纜架設用受金具は鉄製支柱に取付けて使用するものであるから、取付部の構造は肝要である。本件金具も(イ)号金具もその要旨はその腕杆部の構造のみに存するのでなく、前示のように、取付部の構造、との結合にあり、その全体につき観察すると、(イ)号金具は腕杆部の構造において本件金具と一致しても、前示のようにその取付部の構造において本件金具と相違し、作用効果の点についても、相違し、たとい原告主張のように(イ)号金具において腕杆の廻動があり得ないとしても、本件金具の取付部の前記構造による作用効果を有しない以上、(イ)号金具は本件登録実用新案の権利の範囲に属しないものというべきである。

原告は、本件に適用ある旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)のもとにおいては、考案の効果の如何は実用新案の類否ないしは権利範囲属否の判断にこれを標準とすべきでないと主張するが、旧実用新案法のもとにおいても、実用新案の構造の類否を判断するに当つては、その構造を結果した目的、作用効果をも考慮してなすべきものと解するを相当とするから、原告の右主張は採用できない。

なお、原告は審決の理由不備をいうが、審決も取付部の構造をも本件登録実用新案の必須要件と認めた結果本件金具と(イ)号金具が共通点があるにかかわらず全体として相違することを説示したものと解されるから、原告の右の非難は当らない。

六  以上の次第で、(イ)号金具が本件登録実用新案の権利範囲に属しないものと判断した本件審決にはなんら違法の点はないから、同審決の取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 福島逸雄 荒木秀一)

別紙

イ號圖面〈省略〉

イ号図面説明書

1 物品の名称 電纜架設用受金具

2 図面の略解

第1図は平面図、第2図は側面図、第3図は底面図、第4図は背面図、第5図は正面図、第6図は本物品の使用状態を示す正面図であつて、図中の鎖線は本物品の位置を示している。

3 実用新案の説明

本物品は電纜架設受金具に関するものであつて、図面に示す様に断面をV字形とし且其の幅員を根部から先端に向つて次第に狭小になる様夫れ自身の下部に上向の傾斜を持たせた腕杆(1)の上部に受板(2)を架載鎔接したことを特徴とする。即ち図面に於て適当の厚さを有する鉄版をV字形に曲げ、其の幅員は根部から先端に向つて次第に狭小になる様それ自身の上部に上向の傾斜を持たせた腕杆(1)の上部に電纜を載せる受板(2)を架載鎔接し、更に其の根部に於て、頭部(3)を有し且、断面円形をなすピン(4)を鎔接して成るものである。

図中(5)は本案品を取付ける支柱であつて、上部を丸く下部を堅に細長く延長せる溝孔(6)を設ける。而して本物品を取付ける際に先ず此の溝孔(6)の上部にピン(4)の頭部を挿し込んであるから本案品を下方に若干張ると、ピンの軸が此の溝孔の細長部分によつて狭持されることになるが、必要に応じ、ピンの断面が円形になつて居るため、この部分を軸として受板(2)の部分は自由に傾斜又は回転することができる。

従来公知の電纜架設用受金具は所要箇所に緊かと固定的に取付けられ、其の縦軸方向に於て、回転は愚か全然動揺すら許されないため、電纜の架設又は取外しの際、特に取外しの場合に、鉛管が受板(2)の両隅部に摩擦して破損したり、又は抵抗がかかつて引出し困難等となり時としては、荷重が極度に一方に偏することによつて其の取付け箇所より脱落、或いは欠損する様な大きな欠点があつた。

然るに本物品のものでは上記の様に受板(2)は断面円形のピン(4)で自由に支柱に於ける堅長の溝内で自由に固転できるから電纜の傾斜による荷重の偏倚に其の都度対応することになり、上記の様な欠点を完全に一掃することができる。

別紙

登録第五〇二五〇五号実用新案の図面(第1図~第4図)〈省略〉

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